大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 平成5年(ワ)166号 判決

原告

藤永良亮

ほか二名

被告

平成運輸産業株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告藤永良亮に対し、金八五八万六七六六円、原告藤永誠及び原告藤永健二に対しそれぞれ金四二六万八三八三円並びに右各金員に対する平成五年二月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告藤永良亮に対し、金一〇二一万八九九七円、同藤永誠及び同藤永健二に対し各金五一〇万九四九八円並びに右各金員に対する平成五年二月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 平成五年二月一九日午前九時五分ころ

(二) 場所 山口県美祢郡美東町大字真名四五三番地柴崎光子方先の県道小郡三隅線路上

(三) 加害車両 運転者 被告柳瀬悦郎(以下「被告柳瀬」という。)運行供用者 被告平成運輸産業株式会社(以下「被告会社」という。)

登録番号等 普通貨物自動車 姫路一一こ一三九八

(四) 被害者 亡藤永久美子(以下「亡久美子」という。)

(五) 態様及び結果 被告柳瀬は、前記日時場所において、加害車両を運転し、萩市方面から小郡町方面に向けて進行するにあたり、同所は左に湾曲していたのであるから、進路前方を注視するとともにハンドルを適切に操作して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、進路前方に対する注視を怠つたまま漫然進行した過失により、加害車両の一部を対向車線上に進出させ、道路中央部付近で測量作業に従事していた亡久美子に加害車両を衝突させて小郡町方面に跳ね飛ばし、同人に胸部挫傷、胸骨・肋骨骨折、頭蓋骨骨折及び骨盤骨折の傷害を与え、胸部挫傷により即死させた。

2  責任原因

被告柳瀬は、前方注視を怠つた過失があるので民法第七〇九条により、被告会社は、加害車両を同社の運送業務に使用し、自己のために加害車両を運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、それぞれ連帯して本件事故による損害について賠償責任を負担する。

3  損害

(一) 治療費 三万二四四五円

(二) 文書料 三〇九〇円

(三) 葬祭費 一二五万七三三〇円

(四) 逸失利益 二〇三五万一一七四円

亡久美子は、本件事故当時五四歳で、家庭の主婦として家事労働に従事する傍ら秋山建設株式会社(以下「秋山建設」という。)で作業員として稼働しており、本件事故前の平成四年の一年間には一七三万円の収入を得ていた。

このような有職主婦の場合、現実の賃金収入が全国女子労働者の全年齢平均賃金(賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計のセンサス賃金)より少額なときは、右の平均賃金を基礎として逸失利益を算定すべきところ、亡久美子の賃金収入は全国女子労働者の全年齢平均賃金年間合計二九六万〇三〇〇円(平成三年)より少額であるから、亡久美子の逸失利益の算定は右の平均賃金を基礎とすべきである。

したがつて、亡久美子は、本件事故がなければ就労可能な六七歳まで就労し得たはずであるから、右の平均賃金を基礎としてその間の得べかりし利益を算定し、今後二人の子供の結婚が控えていることを考慮して、その三割を生活費として差し引いた後、右期間中の得べかりし利益につき新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して(新ホフマン係数九・八二一)、本件事故当時の現価を算定すると、その額は二〇三五万一一七四円になる。

(五) 慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故は、被告柳瀬が前方注視を怠つたために生じたもので、被告柳瀬の一方的過失によるものである。

他方、亡久美子は、夫及び子供二人の身の回りの世話をはじめとして家事一切を行つて専業主婦にも劣らない家事労働に従事するとともに、夫である原告藤永良亮(以下「原告良亮」という。)の収入が低額であることから秋山建設で作業員として稼働して家計を支えていたものであり、亡久美子の家事における役割及び家計に対する貢献を考えると、同人が家庭で占める地位は原告良亮と比較しても優るとも劣らない状況である。

(六) 相続

亡久美子の相続人は、夫原告良亮、長男原告藤永誠(以下「原告誠」という。)及び二男原告藤永健二(以下「原告健二」という。)である。原告らが法定相続分に従つて取得した損害賠償請求権の金額は、原告良亮が金二〇八二万二〇一九円、その余の原告二名がそれぞれ金一〇四一万一〇〇九円である。

(七) 弁護士費用

(1) 原告良亮について 九〇万円

(2) 原告誠及び同健二について 各四五万円

4  損害の填補

原告らは、自動車損害賠償責任保険から受領した保険金二三〇〇万六〇四五円を各々その法定相続分に従つて原告良亮が金一一五〇万三〇二二円、その余の原告がそれぞれ金五七五万一五一一円を受領した。

5  よつて、被告らに対し、原告良亮は金二一七二万二〇一九円、同誠及び同健二はそれぞれ金一〇八六万一〇〇九円並びに右各金員に対する本件不法行為の日である平成五年二月一九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(四)の事実は認める。同(五)の事実のうち、被告柳瀬が、加害車両の一部を対向車線上に進出させたことは否認し、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)、(二)の事実は不知。

同(三)の事実は争う。本件事故と相当因果関係のある葬祭費は八〇万円である。

同(四)の事実は争う。亡久美子が、本件事故当時五四歳であつたこと、秋山建設に勤務していたことは認めるか、事故前の収入については不知。生活費は四割を控除するのが相当である。

同(五)の慰謝料額は高額に過ぎる。

同(六)の事実のうち、身分関係・相続関係は認める。

同(七)の事実のうち、弁護士を委任したことは認めるか、その余は不知。

4  同4の事実のうち、自賠責保険から保険金二三〇〇万六〇四五円が支払われたことは認め、その余は不知。

三  被告らの抗弁(過失相殺)

本件事故現場の道路は、車両の通行量も多く、萩方面から進行してくる車両からは、見通しが悪いのであるから、亡久美子において、道路中央線付近で測量をなすにあたつては、測量作業中である旨の表示をし、あるいは誘導員を置くなどして、通行車両に対し、進路前方で作業が実施されていることを予告し、注意を喚起すべき措置を採るべき注意義務かあるにもかかわらず、亡久美子はこれを怠り、作業中の表示その他注意を喚起する措置を採ることなく、あえて、道路中央線付近において作業を実施し、本件事故が発生したのであるから、本件事故については、亡久美子にも過失がある。

仮に、亡久美子にこのような過失がないとしても、亡久美子には次のような過失がある。すなわち、亡久美子は、本件作業について、道路使用許可がなく、しかも、作業中であることを表示する標識等もなく、かつ、同人及び藤井眞也(以下「藤井」という。)並びに通行車両の安全を確保するための誘導員の設置もないことを知つたうえで、道路中央車線上で、通行車両から発見しにくく、かつ、自己の身体に危険が生じた際にただちに回避行動をとることが困難なしやがみ込んだ姿勢で、路面にコンクリート用釘を打ち込む作業に従事していたのであるから、右作業にあたつては、自ら、絶えず、道路を通行する車両の有無、動静を注視し、車両の通行を妨害することのないよう注意するばかりか、車両の通行状況によつては、作業を中断するなどして、自らの身体の安全を守るべき注意義務かあるにもかかわらず、漫然と、道路中央線付近で、しやがみ込んで作業を継続していたという過失である。

四  抗弁に対する原告らの認否・反論

本件事故現場の見通し状況は悪くない。また、亡久美子は、現場責任者の補助者として、その指示に従つて作業をしていた者に過ぎず、被告らが抗弁の前段で主張するような注意喚起措置をとるべき立場にない。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)について

請求原因1(一)(日時)、(二)(場所)、(三)(加害車両)、(四)(被害者)、(五)(態様及び結果)の事実については、被告柳瀬が衝突前に加害車両の一部を対向車線に進出させたとの事実を除き、当事者間に争いがない。そして、右加害車両の一部を対向車線に進出させたとの事実は、乙第一号証、第九ないし第一一号証により明らかである。

二  請求原因2(責任原因)について

請求原因2の事実については、当事者間に争いがない。

三  請求原因3(損害)について

1  治療費及び文書料 三万五五三五円

甲第四号証及び第五号証の一ないし八によれば、亡久美子の死体処置料、死体検案書料などとして、合計三万五五三五円の費用を要したことが認められる。

2  葬祭費 一二〇万円

甲第六、第七号証の各一、二によれば、亡久美子の葬祭費として一二五万七三三〇円を要したことが認められるか、一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

3  逸失利益 一七四四万四〇四一円

甲第八号証及び第一〇号証によれば、亡久美子は、事故当時五四歳で秋山建設に勤務し(このことは争いがない。)ながら、家事労働に従事しており、平成四年度において秋山建設から給与賞与として、一七三万円の支払を受けていたことが認められる。

このような有職主婦の場合、現実の賃金収入が全国女子労働者の全年齢平均賃金(賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計のセンサス賃金)より少額なときは、原告の主張するとおり、右の平均賃金を基礎として逸失利益を算定するのも一つの合理的な算定方法であるから、亡久美子の賃金収入の算定は全国女子労働者の全年齢平均賃金年間合計二九六万〇三〇〇円(平成三年)を基礎として行うのが相当である。本件事故がなければ就労可能な六七歳まで就労できたとして、右の平均賃金年間合計を基礎とし、生活費控除の割合を亡久美子の年齢、家族構成等に照らし相当と認められる四割とし、中間利息の控除を新ホフマン係数(係数九・八二一一)を使用して、亡久美子の死亡時の逸失利益の現価を算定すると、一七四四万四〇四一円(円未満切り捨て。以下同じ。)となる(二九六万〇三〇〇円×〇・六×九・八二一一=一七四四万四〇四一円)。

4  慰謝料 二〇〇〇万円

亡久美子の年齢、家族構成、家庭内で占める地位、本件事故の態様などに照らせば、本件事故により、亡久美子が受けた精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。

四  過失相殺

1  前記争いのない事実、甲第一〇号証、第一二号証及び乙第一ないし一一号証によれば、〈1〉現場道路は加害車両の進行方向から見てやや左に湾曲していて、幅員約七・五メートル左右二車線のアスフアルト舗装(両車線の車道の幅員は各約三メートル)であること、〈2〉現場は、見通しが良く、見通しを妨げるような設置物、障害物はなく、本件事故当時、加害車両の前方及び対向車線には車両はいなかつたこと、〈3〉被告柳瀬が、車幅二・四九メートルの加害車両を運転して、時速約五〇キロメートルで進行中、衝突地点から約六〇・九メートル手前の地点で道路外右側の自動販売機の方を脇見して進行した過失により、道路中央のセンターライン上にしやがんでコンクリート用釘を打ち付ける作業をしていた藤井及び亡久美子を、自車の前方約三・七メートルの地点に初めて発見し、加害車両の一部を対向車線上に進出させたまま、右両名に加害車両を衝突させ、亡久美子を即死させ、藤井にも重症を負わせたこと、〈4〉秋山建設は、山口県美祢土木事務所から、事故現場付近道路の舗装補修工事の発注を受けたので、藤井において、警察から平成五年二月二二日から同年三月二一日までの期間中道路使用許可を得ていたこと、〈5〉藤井は、秋山建設の工務部所属の工事長の地位にあり、工事計画を立て、現場の工事を取り仕切る現場責任者であり、その下に現場長や作業員がいて藤井の指示に従う体制となつているが、藤井は、右工事の施工を急ぎ、本格工事に入る前の準備作業である測量作業や路面への釘打作業を、右工事期間以前に予め行うこととし、標識や誘導員などを設置することもなく、資材部の作業員である亡久美子だけを指揮して、事故現場で、センターライン上から身体をはみ出さないように注意しながら二人だけで作業を行つていたこと、〈6〉亡久美子は、子供がある程度成長した昭和五一年ころから秋山建設で働くようになり、工事現場に出ず、倉庫内の資材の片付けや引渡しの仕事を担当していたか、昭和六二年ころには現場で働いてくれと言われるようになつたことを嫌つて同年七月ころ退社し、しばらくスーパーで働いていたが、平成元年六月ころから現場作業には出さないからということで強く誘われ、再び以前と同じような作業に従事するようになつたもので、現場で働くことはまれであり、日給月給の給与を得ていたこと、以上の事実が認められる。

2  右事実によれば、被告柳瀬が脇見をしないで前方を注視し、的確に運転していさえすれば、藤井及び亡久美子を発見してこれとの衝突を避けることは容易であつたと認められるので、被告柳瀬には重大な過失がある。

他方、亡久美子はまれに現場で単純作業を行うにすぎない日給月給で働く一介の女性作業員に過ぎず、秋山建設の工事長で現場責任者である上司の藤井の指示に従うべき立場にあり、また、道路使用許可を得ていないようなことも知りうる地位になかつた。したがつて、工事計画を立ててその施工を急いでいる藤井に指揮されるままに、道路中央付近で測量作業や路面への釘打作業に従事していた亡久美子とすれば、藤井の指示もないのに、自らの判断で作業中である旨の標識や誘導員などを設置する措置に出ることができないことはもとより、右作業従事中にセンターライン上から外れないように注意すること以上に、身を守る術があるとは考えられず、仮に通行する車両に注意していたとしても、高速で走行してくる加害車両との本件衝突事故を避けることは不可能であつたと思料されるし、藤井に指示されて共同で行つている右作業を亡久美子単独の判断で中止する措置に出ることも期待できないので、これらを理由として過失相殺することはできないものといわなければならない。

また、藤井ないしは秋山建設は、亡久美子からすれば上司、雇用主に当たり、身分上ないしは生活関係上一体をなすような関係にある者ではないので、藤井らの過失をもつて被害者側の過失と評価することはできず、藤井らの過失行為は、被告柳瀬の不法行為と共同不法行為の関係に立つものと考えられるので、この意味からも、過失相殺を考慮することはできない。

五  相続

当事者間に争いのない、亡久美子の相続関係、身分関係によれば、原告らは法定相続分にしたがつて、亡久美子の三八六七万九五七六円の損害賠償請求権を原告良亮が金一九三三万九七八八円、原告誠及び原告健二が各金九六六万九八九四円ずつ相続したものと認められる。

六  損害の填補

自賠責保険から原告らが保険金二三〇〇万六〇四五円を受領したことは当事者間に争いがなく、これを各々その法定相続分に従つて原告良亮が金一一五〇万三〇二二円、その余の原告がそれぞれ金五七五万一五一一円を受領したことは、原告らの自認するところである。

したがつて、損害賠償請求権の残額は、原告良亮が金七八三万六七六六円、原告誠及び原告健二が各金三九一万八三八三円となる。

七  弁護士費用

本件訴訟の性質、審理経過、難易、認容額等諸般の事情によれば、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては、原告良亮について金七五万円、原告誠及び原告健二について各金三五万円を相当と認める。

八  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告良亮について金八五八万六七六六円、原告誠及び原告健二について各金四二六万八三八三円並びに右各金員に対する不法行為の日である平成五年二月一九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本倫城)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例